報告レポート

第9回 福岡岬塾

第9回【みさき塾】

2010.8.21/あすみん

《主宰;権藤氏より》

第一回「徒然草」吉田兼好(1283年~1352年・弘安6年~文和1年?)

第二回「五輪書」宮本武蔵(1584年~1645年・天正12年~正保2年)

第三回「翁問答」中江藤樹(1608年~1648年・慶長13年~正保5年)

第四回「山鹿語類」山鹿素行(1622年~1685年・元和8年~貞享2年)

第五回「童子問(どうじもん)」(」)伊藤仁斎(1627年~1705年・寛永4年~宝永2年)

第六回「養生訓」貝原益軒(1630年~1714年・寛永7年~正徳4年)

第七回「おくのほそ道」松尾芭蕉(1644年~1694年・正保1年~元禄7年)

第八回「折たく柴の記」新井白石(1657年~1725年・明暦3年~享保10年)

第九回「葉隠」山本常朝(1659年~1719年・万治2年~享保4年)

1、徳川家康、2、徳川秀忠、3、徳川家光(1623年~1651年)、

4、徳川家綱(1651年~1680年)、5、徳川綱吉(1680年~1709年)

6、徳川家宣(1709年~1712年)7、徳川家継(1712年~1716年)

8、徳川吉宗(1716年~1745年)9、徳川家重(1745年~1760年)

1、黒田長政2、黒田忠之(1602~1654年)3、黒田光之(1654年~1707年)4、黒田綱政(1707年~1711年)5、黒田宣政(1711年~1719年)6、黒田継高(1719年~1769年)

<息吹く…権藤>

「あなたの死にがい何ですか?」草柳大蔵氏と哲学者 安岡正篤氏が紹介した「人生五計説」

人間には五つの計(はかりごと)があるとし、 中国宋末時代の見識ある官吏・朱新仲(しゅしんちゅう)(1097-1167)が教訓としてまとめ伝えられた。生計、新計、家計、老計、死計は円環の思想である。

朱新仲は、悪政の宰相に睨まれ憎まれ、迎合しないために辺地に流された。しかし、19年間の流謫生活で悠々と自然を愛し、その地の人々に深く慕われた人。

*生計;起きてから寝るまで、日々毎日心がけるべきこととは何か
自分与えられた生命をいかに大事に全うするか、そのための計画である。

当然、健康と体調とかが計画の主軸となる。

*身計;わが身をいかに人間として社会に対処させていくべきか
社会生活・社会活動をいかに整斉と送ってゆくか、そのための計画・心構  えである。

何を持って世に立つか、いかなる職業・価値観を持って生きていくか。

*家計;夫婦、親子関係はどうあるべきか
一家をどう維持していくか。収支のやりくり。

*老計;いかに「老」たるものの価値を生かして生きるべきか
いかに年とっていくか。

*死計;「死」を超越し、不朽不滅に生きる生き方とは

いかに死んでいくか。

《受講生を代表し、毎回ひとり自由発表制度開始》

第1弾/池田康徳氏(福岡運輸)

最近相次いでなくされた両親の貴重な体験談(詳細はあえてデータ化しません)

《岬龍一郎先生》

(池田氏の話しを受け)しんみりとしたが『死』は誰にでも訪れる。

どんな人間だって『時間経過は同じ!』である。

ここ最近、古典名著の翻訳家と思われているが、本当はオリジナリティ溢れる作品を書く格好良い作家がいいが、もう欲しがらない。

30才の頃、見たヴィスコンティ(注;ルキノ・ヴィスコンティ・ディ・モドローネ 1906〜1976年、イタリアの映画監督、舞台演出家、脚本家)の映画『ベニスに死す』で印象深い台詞があった。

『砂時計の砂は初めは少しずつ落ちるので、別に気にもしない。 しかし、いよいよ僅かになると、砂は勢いよく落ちはじめ、 止めることはできない』

俺自身まだまだ若くて人生の折返点程度にしか考えていなかったが、60才過ぎると年賀状は減ってくるし、葬儀参列が増えてきた。(笑)

ラテン語で「自分もいつか必ず死ぬことを忘れるな」という意味の警句『メメント・モリ』。

人生とは生を受け、死ぬまでのプロセスであり、いかに楽しむかを追求し、いつ死ぬか分からぬ現実を常に自覚せよ!ということである。

『死を意識したら生が輝く!』

あと3日の命と考えてみろ。

誰に会いたいか?

何を食いたいか?

(神風)特攻隊の気持ちになってみよ!

あと3日の命だとしても特別なことはしなくて良い。

あるリンゴ農家は「明日も今日と同じように樹木の手入れをする。」そうだ。

未来に残せる仕事をせよ。

それを死ぬまで続ける。

ここ最近の高齢者行方不明問題は現代を象徴している。

身寄りなき孤独死の後始末をする特殊清掃人の仕事は大変だそうだ。

行政の担当者は遺骨を焼き場で処理し、必死に遺族を探し当てるものの、遺骨を受け取りにくるでもなく、なんと宅配便を希望するそうだ。

親子関係の崩壊とは社会の問題でもあるが、あくまで我々の心の問題である。

資本主義社会では非生産者がないがしろにされてしまう。

ますます進む高齢化日本。大きな課題である。

これまでのような『人情』に頼ったやり方では無理であり、介護関係者の収入アップなど時代に即したシステムが必要である。

人間は必ずいつか死ぬ!『一日が一生の覚悟で生きよ!』

人生は長いと思っているか、短いと思っているかで人生の内容が大きく変わってくる。

ローマの哲学者セネカ(注;ルキウス・アンナエウス・セネカ BC1年頃 -〜65年、ローマ帝国のユリウス・クラウディウス朝時代の政治家、哲学者、詩人)は『人生の短さについて』という名著を残した。

権力や金力に負けていないか?

自分自身で物事を決めているか?

自分自身の人生を歩んでいるのか?

旧友には田舎で自給自足の生活をしたいとの願望があったが、病気で亡くなってしまった。

死に直面した時にはもう遅いということ。

もっと早く自覚し、行動すること!

自分が奴隷であることを忘れた時から不幸が始まるんだぞ。

文句があるなら声に出すべき。

ダメな上司などいっぱいいるだろう?(笑)

我が子の虐待などいびつな人口ピラミッドになった日本。

戦後の焼け野原から必死に立ち直った努力には感謝するが、「今の若いものは…」という老人達はダメだ!おめえらが作ったんだろ!

《公》社会、《私》個人、集合体となった時に大きく間違っている場合が往々にある。

セネカは、『日々日常を充足して生きよ!』と言っている。

(受講生)池田!死を意識して変わっただろ?

そこで『武士道』である。

常に戦場で生き抜くためには『死を覚悟』する。

覚悟とは文字通り、悟りを覚えることであり、ある意味、開き直りである。

開き直るとは『無』になることであり、『無』から力が湧いてくるのである。

世界から認められた『新渡戸稲造の武士道』は大変柔らかい。

それは彼がクリスチャンであり、『愛』があるからであり、その元となったのが『葉隠』である。

山鹿素行は「今日殺されてもいいんだ!」と生きていた。

特攻隊の話しに戻るが、出撃に向け、身辺整理をし、家族に宛て、綺麗な文字で書かれた手紙は泣ける。

天皇陛下万歳の裏側には「母ちゃん死にたくない」が読み取れる。

各地に残る戦争資料館などぜひ訪れてみるべきである!

しかし、武士は生まれながらにして『覚悟』をもっている。

『死を恐れない!』その極地が山本常朝の『葉隠』である。

山本常朝が師事した『陽明学』は『行動の哲学』であり『知行合一』を実践し、死を常に覚悟する『革命の思想』であろう。

後の三島由紀夫に見られるよう、エキセントリックな思想であるが、天保の飢饉で大塩平八郎が起こした反乱のように世の中を変える原動力でもある。

山鹿素行は「武士は国家の為政者として生きよ!」平和な時代だったからであるが、そんな時代であっても山本常朝はとんがった人だった。

『武士道とは死ぬことと見つけたり』

この思想が脚光を浴びるのは大正時代になってから。

鍋島藩内だけで伝えられた禁著であった。

<『葉隠』扉頁〜プロフィール頁朗読>

山本常朝は鍋島藩で社長室長的な立場であった。

山本42才の時、他界した殿との殉死を希望するが禁止される。

秦の始皇帝・兵馬俑に見られるよう、殿への忠誠から殉死が常識だった時代、優秀な人材の喪失に繋がると徳川家綱時代に御法度となった。

そこで山本は出家する。

出家するとは『死』の世界に入ることでもある。

源平合戦で斬殺された平敦盛はまだ14才であった。

戦場で年齢は関係ない。

出家した山本常朝の前に突然、田代陣基(つらもと)が現れ、7年かけて取材し書き記したのが『葉隠』として現代に伝わった。

<P101〜朗読>

三島由紀夫の日本刀(関の孫六)を市谷自衛隊本部(当時)の幕僚長が見たいとのことで持ち込む事ができ、例の事件となった。

バルコニーで檄を飛ばした三島由紀夫の「私にとって、ただ一冊の本」が『葉隠』であった。

肉体改造し、あの死に方を遂げた背景にある『葉隠』は危険な本と批判を受けたこともあるが、大いなる誤解である。

<P102〜朗読>

小利口な上方の連中は、かの忠臣蔵をもてはやすが、葉隠的には即座にやり返せ!1年もかけて卑怯だ! 敵が病死でもしたらどうする。

侍とは戦場へ赴く軍人であり、『散り際』が大切である!

かの仙崖和尚は死に際、「死にとうねえ」と3回も言ったそうだ。

立場によって変わるであろうが、軍人は格好良く死ねば名が残る。

中東のジハード、自爆テロもしかり、神の境地へ行けるし犬死にではないという価値観に基づいている。

<P103〜104頁朗読>

侍の原理原則を説いた『純粋武士道』とも言うべき著書である。

為政者としては失格であろう。あまりにストレートすぎて場合によっては『豚に真珠』『猫に小判』かもしれない。

大リーガー松坂の球をかつて受けていたタレントがいるが、きっちりと受け止めてくれるパートナー、社員は大事である。

社長の優れたアイデアも理解し、行動してくれる社員がいないと意味がない。

良い旦那に良い女房がいて幸せな家庭が出来上がるということだ。

<P105〜朗読>

黒沢監督の名作『生きる』中、公園のブランコで『命短し恋せよ乙女』のシーンは感動的である。

役所勤務で、たらい回しにされている公園要望の声に応えんと黙々、公園を作る話しは素晴しい。

ただ長生きするだけでは意味がないぞ!

<P106〜107頁朗読>

自分自身の周りへの影響力や関係性などはすべて常日頃の『他人への心遣い』で決まる。

尊敬されていれば自分の話しを聞いてもらえるし、幸せな環境といえよう。

『天皇陛下』と聞いて直立不動となるのは単なる訓練である。

本当に尊敬されるために自分を磨け!

ビジネストークとしても役立つが『心が震える言葉』を使えるようになれ!

そのために福岡までやってきている。

ちなみに東京では2回の欠席で除名となる。

とにかく人間いつ死ぬか分からない。

常に綺麗なパンツをはいとけよ。(笑)

<P108〜ラストまで朗読>

そもそも鍋島藩は軍艦をもち、アームストロング砲という最新兵器を備えた最強軍隊であったが幕末の政争でも『薩長土肥』と最後に並ぶよう、リーダーとはならなかった。

江藤新平の脱藩など激動の時代を迎えるが、初代内閣に大きな影響を与えているのが葉隠であろう。

全閣僚中8名がモンテスキューを読破しており、大隈重信や副島種臣は佐賀藩を手本としたと明言している。

佐賀藩は保守的ではあるが、きわめて真面目なシステムを構築していたといえる。伊万里焼きなどは世界で評価され、広大な佐賀平野、山もあり生命豊かな有明海もある。

高速道路・有田〜波佐見間など広くていいが、長崎に入った途端、道幅が狭くなる。(笑)

佐賀出身・電通最高顧問会長・成田氏が言っておられたが佐賀では小学時代に論語を学ぶんだそうだ。そういう風土が大切なのであろう。

『死を覚悟して生きよ!』

吉田兼好は『死は常に後ろから忍び寄る』といっている。

理想は腹上死だな。(笑)

夏目漱石の小説にもたびたび登場する『高等遊民』そのルーツのひとつが中国明代末期の書物『菜根譚』であろう。

ガチガチの『儒教』、だらだらの『老荘』。

その中間がこの『菜根譚』、かの東急グループの創業者・五島慶太や川上哲治、野村克也など多くの成功者が心酔し、大絶賛する本である。ホッとする内容だぞ。

『知の格差』が始まっている。

学問すべし!豚に真珠になるなよ!

※次回は10月16日『石田梅岩』を学びます。

この後、『十徳や』にて懇親会。

参加者の近況報告も楽しみのひとつとなってきました。

第10回 福岡岬塾

【第十回・福岡岬塾】

2010.10.16 あすみん

(主宰:権藤氏より)

仙崖さんの会…出光佐三…

代表卓話要約/池田哲也氏(福岡運輸福岡支店業務主任)

本日のテーマ「石田梅岩」を知らなかったので事前に勉強しました。

2つ大きな事を学びました。

まず1点目、『子どもの性格は親の躾!』

自分達は親や教師から殴られて育ったが最近、そんな親はいない。

2点目、『商人道は、仁義礼智信』にあり!

我が社の創業者・冨永シズを真っ先に思い起こした。

「企業は人。社会の役に立つ事が先!人も企業も世の中の役に立つべし!」

公私とも、相手を敬い、思いやる心を大切にしていこうと思う。

但し、「思いやり」には勇気も必要と考える。

<岬先生>

福岡運輸とは縁が深いが、富永シズさんの「創業の精神」は実に素晴しい!

しっかりした人間が率いた企業は、その基本原則により、新たな「人」を作っていくものである。

池田もしっかり頑張れよ!(笑)

(俺は)アナログ人間で携帯は通話だけ。メールなんか面倒でほとんどやっていなかった。

年齢と共に自分の好きなモノだけに縮小していくつもりだった。

ところが40代のIT社長(東京)が弟子になり、パソコンやiPadなどを俺専用に作ってくれ、プレゼントしてくれた。

とにかく便利すぎる!死ぬ気にならない!(笑)

ツイッターは今や、オバマ大統領、菅総理など皆やっている。

俺のツイッターも面白いぞ。

突然だが、青山墓地には多くの著名人の墓があるのを知っているか?

弟子のひとりが興味を持ち、現場に行って調べた結果を現場からメールしてくれた。

有馬良橘、犬養毅、大久保利通、緒方竹虎…おいおい随分いるなぁと言ったら、いえいえまだ「あ」の段ですだそうだ。(笑)

そういうやりとりをメールでやっている。

結局、100人以上の有名人の墓を見つけたが、歴史を分かっていない人間にはただの石でしかない。

長い人生では大きな差が出る!

価値観が大事だぞ。豚に真珠になるなよ。

教養は実益へのヒントでもある!

あの「ベル」は市場調査をした上で電話を発明したのではない。

真のクリエーターとは我々が好むもの、必要とするものを作り出す事である。

若手議員が地方から日本を変えていくという『龍馬プロジェクト』では志高き政治家を100人作ると張り切っているようだ。

【温故知新】の『知』は新たに『創』と考えるべし!

龍馬が言った「日本を洗濯して候」!政治も商売も新しいものが求められている事を忘れるな!

【全国岬塾連合会】は現在、全国10カ所で開催している。

このホームページはインターネット活用事業を手がけている『Net Frontier』の熊木淳一氏が開設してくれた。

今日はわざわざ東京から参加してくれた。

<『Net Frontier』代表取締役社長・熊木淳一氏登壇>

(挨拶〜岬先生のiPadにてサイト説明)

それぞれ各地のサイトに分かれているので是非、充実していってもらいたい。

毎回のレポート更新や参加申込などDATA化した方が楽な時代である。

いつも話すが《和尚さんドットコム》は実に良心的な経営で社会のお役に立っている。インチキが多い時代、雇用問題の解消などITを活用した新しい商売が出来る!

新しい事に挑戦せよ!

常に勉強だぞ!

そして、しっかりした根幹を学ぶためにも『石田梅岩』である!

世界にはオックスフォードやケンブリッジなど様々な有名大学がある。

その中でもっとも古いのがハーバード大学。

Mr.ハーバードが1636年に創立した私塾であるが後に国立大学となる。

そして無数とも言える偉人・重鎮を輩出し続けている。

日本にも古くは空海が開いた学問所(追記;綜芸種智院しゅげいしゅちいん)や鎌倉の足利学校、岡山藩藩学、5代将軍徳川綱吉の湯島聖堂、中江藤樹の藤樹書院など優れた学問所が存在し、多くの指導者の教えが後世へと受け継がれていくのである。

では、石田梅岩の教えを引き継いだ人物として、二宮尊徳、渋沢栄一、岩崎弥太郎、福沢諭吉、海援隊などが上げられる。

おそらく富永シズもそのひとりであろう。

日本の三大財閥の三井、住友、三菱の創業者達も梅岩の門弟と言える。

三井の本家は伊勢松坂にあり、江戸初期、呉服の『越後屋』として創業する。

黒潮に乗って、九州、紀州、勝浦、白浜など日本中に勢力を広げていく。

駿河城や駿河台など各地に地名としても残っている。

余談だが、福岡の宗像大社は裏お伊勢として海の安全を祈願する重要な神社であるのは知っているな。

安芸の宮島や信州の安曇野など海の民の痕跡でもあり、痕跡は北海道まで辿る事が出来る。

話しは戻り、井原西鶴のルポルタージュ『三井家』は面白い。

いわゆる「つけ」の月末払いなどはじめ、江戸元禄に一般庶民を相手にした小売りをスタートさせていた。

曲がったキュウリは売らない。まとまった数でないと販売しないなど売り手側都合の商法では倒産してしまう。

社会に対して何かを与えるところから商売は始まる。

何を中心に考えるか?である。

地方のシャッター通り商店街から講演の依頼がたまに来るが、日本全国、大型ショッピングセンターが台頭し、閑古鳥が鳴く商店街だらけになっている。

しかし商店街の店主が大型ショッピングセンターで買い物している現実がある。

しかし、ひとりの商店主は違った。

大型ショッピングに出来ない『早朝〜深夜営業』をしたのである。

すると早朝、深夜のお客さんで食えるようになったそうである。

(俺の)地元の幡ヶ谷商店街の知り合いが冠婚葬祭用に地元では売っていないフォーマルスーツを伊勢丹で買って帰ったそうだが、途中で伊勢丹の紙袋は捨てたそうだ。(笑)

昭和30年代の商店街はみんな顔見知りで和気あいあいとしていた。

地域が確実に繋がっていた時代であった。

その幡ヶ谷商店街にある電気屋さんが新たなサービスをはじめた。

店先にも大きく書いてあるが『どんなメーカーでも修理します!』

普通、街の電気屋さんはどこかのメーカーと一社契約している。

その枠を超えて、何でも修理しますというやり方は勇気ある決断だったと思う。

実はうちのTVが地デジ化に伴う改装工事で先日、突然、映らなくなった。

そこで早速、来てもらったら、何の事はない、ちょっとアンテナを微調整するだけできれいに映った。

最初、代金は要らないと断られたが気の毒と思い、千円だけ払った。

これからはそこで買い物しようと思っている。

(福岡運輸)池田が最初に言ってたが『商人道は、仁義礼智信』。

商売とは他人に対する思いやりである!

かつて海外で日本製品に対するバッシング騒ぎがあったが、実際には騒ぐ方が負ける。

実はクレームこそ、企業を強くしてくれるのである。

デパートなどでは、クレーム対応担当に有能社員が配置されている。

後々の役に立つということである。

件の電気屋もどんな些細な修理であっても出張する。

そこで各家庭の電気製品に限らず、家族構成などあらゆる情報が入手できる。

商売とは関係がない、「ついでに大根買ってきて」にも対応してあげると完全顧客となり、近所はすべて常連さん!となるのである。

商売とはそういうものである。

『商人道は、仁義礼智信』これは道徳の基本でもある。

「義」とは「正義」である。常にフェアプレー、不正をしない。卑怯な手段を使わない!

公平、公正、公明のルールを重んじ、礼を尽くせば、目指すとこの「信」が高まり、「信」ある「者」の「儲」となっていくわけである!

これがぐらつかない確固たる規範ある人間を作ってくれる。

武士道の場合は儲からなくても『仁義礼智信』、ここには『誠』がある!

負ける戦でも利害得失を問わず、我が誠を貫く!

それが本当の為政者である!

『商人道の向上』石田梅岩の教えを学んだ松下幸之助は、世の中で便利なもの、TV、クーラー、冷蔵庫など文明を作り上げてきた。

しかし今、開催されている『生物多様会議COP10』で絶滅の危機に瀕した希少種の保護などについて話し合われている。

時代は大きく変わったのである!

まっとうに生きていける未来のため、世界的視野で物事を考えなければならない。

現在、アジア全体は成長期であるが我が日本は衰弱の一途を辿っている。

ま、いずれ循環し、豊かな時代が来るだろうが…(苦笑)

昭和30〜40年代に始まった研究で日本人が続々とノーベル賞を獲っている。

果たして今後、日本人が同じようにノーベル賞を獲り続けられるのか?

(先述の)ハーバード大学やMIT(マサチューセッツ工科大学)など日本人留学生が激減している。

これは憂慮すべき状況である。

新渡戸稲造先生の武士道とは『愛・献身・気概』である。

三大財閥創始者のひとり・安田善次郎は後の富士銀行、アサノセメント、川崎重工、ひいては京浜工業地帯の発展の礎を築き上げた。

すべては世のため、人のためとなる事業なのか?

アサノセメントは起業する際、他人に借金したくないと、ゴミ捨て場をあさり、コークスを拾ったり、おにぎりを包む、経木(きょうぎ)の代用品として竹の皮を売るなどして資本金を作ったのである。

この気概に渋沢栄一なども参加する事となったのである。

街中にあえて無料の公衆トイレを作り、そこで集めたし尿を肥料として商品化するなどゴミこそ宝!と頑張ったのである。

常に頭を切り替えろ!

基本的な事を習得し、幅を広げていくのが教養である!

何か質問はあるか?

(塾生より)

日本はこのまま没落するのか?V字回復は不可能か?

(岬先生)

現状は、景気停滞がやっとというほど悪化している。

円高などの影響で新興国相手にしか商売が出来ない状況の中、経営者をはじめとする財界人が自分達の給料を半減する英断など誰もしない。

では、新たな大ヒット商品を作れるか?大発明できるのか?が鍵となる。

年金は下がり、物価は上がる。

ついに日銀が0%金利に踏み切ったが、ユニクロなどはバングラデシュに工場を進出したし、グラミン銀行などは世界中が注目している。

日本など誰も見ていない。

『海外に出て行く気概』が問われる、これから10年、大変な時代だぞ!!

この後、『十徳や』にて懇親会。

残念ながら筆者、風邪気味で辞退しました。

次回/12月18日、『恩田木工』を博多駅ヨドバシカメラ前、

【寺子屋】にて学びます。忘年会も予定しております。

文責/みさき塾世話人 伊藤博

第11回 福岡岬塾

【第十回福岡みさき塾】

2010.12.18

(株)寺子屋モデル会議室(福岡市博多区博多駅東2-5-28博多偕成ビル806)

<一即多…主宰:権藤氏より>

第一回 「徒然草」吉田兼好(1283〜1352・弘安6年~文和1年?)

第二回 「五輪書」宮本武蔵(1584〜1645・天正12年~正保2年)

第三回 「翁問答」中江藤樹(1608〜1648・慶長13年~正保5年)

第四回 「山鹿語類」山鹿素行(1622〜1685・元和8年~貞享2年)

第五回 「童子問」伊藤仁斎(1627〜1705・寛永4年~宝永2年)

第六回 「養生訓」貝原益軒(1630〜1714・寛永7年~正徳4年)

第七回 「おくのほそ道」松尾芭蕉(1644〜1694・正保1年~元禄7年)

第八回 「折たく柴の記」新井白石(1657〜1725・明暦3年~享保10年)

第九回 「葉隠」山本常朝(1659〜1719・万治2年~享保4年)

第十回 「都鄙問答」石田梅岩(1685年~1744・貞享2年~延享1年)

第十一回 「日暮硯」恩田木工(1717~1762・享保2年~宝暦12年)

1、徳川家康、2、徳川秀忠、3、徳川家光(1623~1651)、4、徳川家綱(1651~1680)、5、徳川綱吉(1680~1709)6、徳川家宣(1709~1712)7、徳川家継(1712~1716)8、徳川吉宗(1716~1745)9、徳川家重(1745~1760)10、徳川家治(1760~1788)

1、黒田長政(1600~1623)2、黒田忠之(1602~1654)3、黒田光之(1654~1688)4、黒田綱政(1688~1711)5、黒田宣政(1711~1719)6、黒田継高(1719~1769)7、黒田治之(1769~1781)

恩田木工の時代を生きた福岡ゆかりの先人達

【草野又六】(1678〜1730 久留米市大橋町) <筑後川水利に貢献>

1712年(正得2)農業用水開発のため筑後川床島堰(現三井郡大刀洗町)の建設に力を尽くした。

【松延貫嵐】(1733~1796 八女市) <浄瑠璃作者>

荒廃した故郷に浄瑠璃を人形芝居をもたらし貢献。晩年は俳人として筑後雪中庵の祖として多くの門人を育てた。

【亀井南冥】(1743~1814 福岡市早良区) <「金印弁』著者>

江戸中期の医家・儒者。福岡市の志賀島で発見された刻印を、後漢から下賜された金印であることを解明する。

【伊能忠敬】(1745~1818 千葉県) <小倉を起点に九州を測量>

54歳から17年間かけて日本全国を測量、死後2年、1821年に「大日本沿海輿地全図」が完成する。

【緒方春朔】(1748~1810 久留米) <種痘始祖>

ジェンナーの牛痘法の発見より7年早く天然痘予防の為の人痘法を創案した医師。

【仙涯】(1750~1837 岐阜県) <死にとうない>

1789年40歳で聖福寺第123世住持になる。晩年は仙涯の禅的戯画を求めるもので門前市をなした。<死にとうない>臨終の言葉。

<室屋友則氏(福岡運輸勤務)>

本日のテーマ「恩田木工」が生きた時代に興味を持ちました。

時は享保、暴れん坊将軍でおなじみの徳川吉宗の時代。

寛政、天保とならび三大改革のひとつ『享保の改革』が実施され、目安箱などが設置されました。

たびたび氾濫を繰り返す木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川)の治水事業(宝暦治水)を命じられた薩摩藩が大変な事態になった『宝暦治水』は鹿児島出身なので以前から知っていましたし、岐阜県との友好関係もあります。

そんな時代背景の中、1757年、恩田木工は真田幸弘から信濃国松代藩の財政再建を命じられます。

大役を命じられた木工は、「嘘はつかない」「一飯一汁」「妻に離縁状」などの誓いを立てたのです。

覚悟が違うなと思いました。

在任中、部下の不祥事に対する思いやりなどに感動しました。

私もまだ社会に出て3年、まだまだ叱られてばかりですが、たまに褒めてくれる上司に感謝していますし、自分が上司になった時にはそんな人になりたいと思いました。

とにかく「恩田木工」とは優しくて良い人だと感じました。

<岬先生>

室屋!勉強になっただろう?「恩田木工」一生忘れられない名前になった事と思う。

歴史的な背景を知る事も大切だ。

しかし、それよりもその人物が何をして、何を語ったか?が大事だぞ。

佐藤一斎の語録『言志四録』は、《指導者のためのバイブル》とも言われている。

読書家で知られた大平正芳首相はこの『言志四録』と恩田木工の『日暮硯』が愛読書だった。

イザヤ・ベンダサン『日本人とユダヤ人』などと並び、三木首相辺りからの歴代総理はみな読んでいる。

『日暮硯』は1時間もあれば読めるので是非、読むように!

さて、今日の新聞トップは日本の防衛大綱に関する記事だった。

あくまで休戦状況下での北朝鮮の砲撃はさほど驚く事ではない。

暗闇は誰しも恐い。本当の世界を知り、見通しが立てばそう騒ぐ事はない。

塾生の川口が日本の軍備などに明るいので説明してもらおう。

<川口慎介氏・(株)サムズスタイル代表>

日本の軍事力についてお話しさせてもらいます。

まず兵力とは、通常兵力、ミサイル、核兵器の3枠でくくられます。

中国以外の兵力情報はオープンになっています。

いわゆる『ミリタリーバランス』が大切であり、緊張の朝鮮半島でも万が一、ソウルに他国が侵攻したら、米軍が核を出動させる条約などが効いている。

韓国軍の兵力も最新鋭武器に60万人もの兵がいる。

世界が軍備縮小時代の中、韓国軍は現在保有する戦車600両を400両に削減するそうです。

日本の自衛隊でも900両あった戦車を400両に削減します。

数が減るからといって軍事力が低下する事ではありません。

現在の戦車は第5世代となっており、10式戦車などの旧式が引退するだけ。

10年前の湾岸戦争で活躍した第3世代の戦車でさえ、ソ連の旧式戦車300両に甚大な被害を及ぼす結果を出しています。

堅牢で軽量化が図られ、迅速な移動も可能となってきた戦車の進化は凄い。

ステルス戦闘機など100対1の割合で旧戦闘機を撃墜する能力があります。

中国や北朝鮮の軍備は旧式であるので心配する必要はないと言われています。

《シビリアン・コントロール》されている世界となっているので尚の事、どういう政治家を選ぶかが大事な時代となっていると思います。

<岬先生>

パキスタンなど5大大国以外も原爆を保有している現実の中、150万人の兵力を抱える中国に対し、14万人の自衛隊ではあるが、アメリカから買わされている最新兵器さえあれば大丈夫という時代でもある。

だからイラクでは自爆テロで対抗するしかなく、対する米軍はいまや無人のロボットがピンポイントで攻撃している。

まさに最新兵器に対し、竹槍で勝負を挑んでいるような状況である。

自民党のタカ派など憲法九条を改正し、大国と肩を並べる軍事力を持ちたいと望んでいる。

しかし背広組に識見がある文民統制が守られているので核も作っていない。

朝鮮半島問題を騒いでいるのはタカ派だけである。

ちゃんとした情報さえ持っていれば、無為に慌てる事はないのである。

最近、話題になっている《ウィキリークス》、様々な機密が暴露され、明らかな別件逮捕までしているが、サーバー戦争は大変な事態である。

金融機関などパニックになり得るし、様々な意味で状況判断が求められる時代でもある。

NHK教育放送で深夜「ハーバード大学公開講座」をやっていたが見た者はいるか?

安田講堂で2回開かれた講座で世界最先端の哲学が学べた。

ハーバード大学といえば多くのノーベル賞受賞者を輩出し続けている。

日本でも古くから各地に学問所が開かれたが、学問により将来が決まるといってもおかしくない。

一流の大学に行けば、それなりの人脈が出来る。

あのルーズベルトと金子堅太郎はハーバードで同級生だったので外交のキーマンとして世界で活躍することとなった。

「閨閥」(けいばつ)とは政財界、さらには皇室などに属す一族が自身の影響力の保持および、増大を目的に一族の子弟、子女を婚姻させ強固な関係を構築した結果できた血縁によるネットワークのこと。

「三角大福」時代、このネットワークを作っていなかった田中角栄が結局、潰される事となる。

いわゆる「エスタブリシュメント」が世界的視野から見れば重要であり、現在の菅総理などまったくそういう人脈がない。やはり東大出身者に任せておけば良かったという時代が来るかも知れない。

千谷大臣は東大中退で全共闘出身者。「自衛隊は暴力装置」発言にはあきれながらも同年代として懐かしく感じた。(笑)

戦後の日教組問題など同質である。

そこで人間学として心を鍛えることが重要である。

果たして「正義」とは何なのか?考える事が大事である。

アフガニスタン対アメリカ式民主主義、どちらが本当の正義なのか?

様々な角度から考えてみるべきである。

例えば、1000人乗りの船が遭難し、10人しか乗れない救命ボートに誰を乗せるか?リーダーだったらどうするか?

「公平」「公正」「公明」の下、先着優先順が原則となる。

人間誰しも自己防衛本能があり、正当防衛の理論で生きる権利が優先される社会である。

しかし「武士道」だと話しが変わる。

実母、恋人、社長が溺れているとしよう。当然、一番大切な人を助けるべきであろうが、合理主義とは一番、身近な人から順番に助ける事であろう。

いずれにしても『己が信じた選択でよし!』

「死」を覚悟すれば悩む事はない。

助けた順番によって感情が生まれ、重い十字架を背負う事になる事もある。

そういう意味で、家族と事前に話し合いをしておく事も大事であろう。

『愛と献身と気概』を美学とすることが自分自身の価値を高める事となる。

「生き残りたい」との思いが混沌を招き、大きな問題となる事もある。

俺は55才のとき、末期がんの宣告を受けたが、金も稼いだし、女も充分…(笑)

一番大切なものは何なのか?を考える事である!いかなる困難とぶつかろうが慌てるな!

俺のツイッターは読んでいるか?

ある美容室の経営者が退職者の多さに悩んでいた。

美容界の事しか知らず、経営者としての能力、実力を鍛えていなかったといえよう。

ある鋳物工場をやってるヤツがいる。

毎朝5時に起き、6時から仕事をするそうだ。

溶鉱炉に火が入ると工場内は真冬でも40℃を超えるそうだ。

工場内には、塩飴とポカリスエットが常備され、火傷は当り前、死亡事故も珍しくない業種である。

とにかく無事故がなによりの職場ながら30数名の社員達が薄給で頑張っている。

『武士道』の講義を行った事があるが、社長の人柄に社員がついていっている。

希望は薄いかもしれないが、みな戦っている!

冷暖房完備の美容室で戦えない理由はないはずである。

《和顔愛語》とはいうが、葬儀屋で笑顔は見せられない。

刑務所看守長の集まりで喋った事があるが、事前に担当者から「夢や希望の話しはしないで下さい」といわれた。

個人の感情を殺し、社会の歯車としてのみの職業もある。

出世はない、しかし安定した給料がもらえるのであれば勤続30年、頑張るしかない。

そう考えると可能性があるサラリーマンならではの幸せがある!

冒頭、室谷君が面白い話しをしてくれた。

宝暦治水事件、毎年氾濫を繰り返す、愛知、岐阜、三重にまたがる三川合流地帯の治水工事を嘆願された幕府が普請奉行として薩摩藩に命じる。

当時の薩摩藩は琉球辺りとの密貿易で儲けていると思われていた。

しかし実情は違い、1000名を手弁当で引き連れた大変な工事を請け負う事となる。

激流と闘う難工事で多くの命が失われ、このままでは薩摩藩はとり潰されてしまう、そうなるくらいなら幕府と戦争しよう!との声も出たほど。

しかしリーダーの薩摩藩家老「平田靫負」(ひらたゆきえ)の尽力により、1年半で工事は完了する。

歴史に残る大事業を成し遂げ、幕府より謝意を表されるが、その場で割腹自害したといわれる。記録上は病死した事になっているが、薩摩藩義士伝として語り継がれ、「平田靫負神社」では今でも毎年、お祭りされているし、ひとつの立派な侍道である。

さて、恩田木工であるが、長野県上田市の真田記念館の入口に胸像が飾ってある。

(P129〜《3つの誓い》朗読)

1.嘘をつかない

2.一飯一汁のみとする

3.古い衣服とする 新調する場合も木綿に限る

「半知借上」とは財政難の折り、公務員の給料を半分カットすること。

現在の国会議員の給料は秘書給与だなんだかんだで年間1億円ほど払っている。

赤字国債の垂れ流し発行や増税で補おうとしている。

まず、国会議員の数を減らすべき。

アメリカの上院は50州から各2名の代表で計100名しかいない。

ロシアなども同様であるが、我が日本だけは政治家天国といえる。

これでは山積する問題を解決できる訳がないと立ち上がった《龍馬プロジェクト》では来年4月から無派閥の100名を立候補させ、日本を無茶苦茶にしようとしている。

スローガンは「政治家の年棒半減!定数半減!」

名古屋の川村市長も職員の給料が高すぎるといっている。

年間3万人もの自殺者が出る中、与党民主党は小沢問題で何も前進できない。

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に加盟するかも大きな問題である。

ロシアは小麦の輸出禁止を表明したし、これからは食料を巡る戦争となっていくだろう。

日本農業の10年後は益々、人手不足であろうが企業が大規模農業に進出している。

輸出される農産物は、中国のブルジョアが食う事となるであろう。

そんな中国や韓国ではいち早く、アフリカを支援しながら小麦を生産しているのである。

いわゆる「ウィンウィンの関係」に日米欧は反対しているが、「新植民地時代」が実際には始まっている。

では日本はどうするのか?である。

政府ももちろんだが、農協と農家の怠慢であろう。

儲からないと言いながらも高級車に乗っていたり…まず農業の実態をオープンにする事が大事である!

(P130ページ朗読)

上に立つものは「朝令暮改」を避け、「言行一致」を当り前とする!

人間のモチベーションを安定させるためには揺るぎなき目標が必要である。

嘘をつかない事が大前提ではあるが、大岡越前の裁判では、子どもの母親を主張する母親二人に子どもの手を引っ張りあわせ、手を離した方が負けといっておきながら我が子の苦しむ姿に見かねた女性を母親と認定した。

裁判官も嘘をつくのである。(笑)

天使と悪魔の間に存在するのが人間である。

そうガチガチに縛らなくても良い。良い事をした人、悪い事をした人、常に同数であるし、自分自身、どちらにもいたりする。

日本国内で登り坂と下り坂、どちらが多い?(笑)

《禍福は糾える縄の如し》ノイローゼにならない秘訣だぞ!

またそれが人間の本質でもあるからな。

この後、総勢13名の充実した忘年会で2010年の岬塾は幕を降ろしました。

文責;岬塾生・伊藤博

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